rain rain 〜 雨の日の過ごし方 〜



はあ・・・・

外から聞こえる微かな水音以外、たいした音のなかった部屋に落ちたため息に、弁慶はとうとうくすっと笑ってしまった。

「退屈ですか?望美さん。」

読みかけだった書物を文机に置いて肩越しに振り返りながら問いかければ、薬草をより分けていた望美 ―― 元、龍神の神子と呼ばれ、現在は弁慶の妻である彼女がばつの悪そうな表情で笑った。

「や、その、えーっと・・・・うん。」

一瞬、否定しようかと考えてでもやっぱり素直に頷いてしまった、という望美の心の動きが手に取れるようにわかって弁慶はこみ上げてくる笑いを何とかかみ殺した。

しかしその一端は望美にもばれてしまったらしく、すねたような視線が返ってくる。

「だって、ここ何日かずっと雨でしょ?」

「梅雨ですからね。」

返した言葉の通り、今は水無月。

本格的な夏を前に、連日雨が降り続いている。

「だからそろそろ、体も動かしたいなあって思っただけです。」

望美がそう思うのも無理はない。

ただでさえ活発な望美は、戦う必要がなくなった今でも毎日剣の稽古は欠かさないのに、ここ数日は雨のせいで外へも出られない日が続いているのだから鬱憤も貯まるというものだろう。

だからついつい口からため息がこぼれ落ちてしまうわけで。

堪えきれなくなって、弁慶の口から笑い声が漏れる。

「わ、笑わないでくださいよ。私だって子どもみたいだってわかってるんだから〜。」

「すみません、別に馬鹿にしたわけではないんです。ただ貴女があまりに可愛かったものですから。」

「可愛いって・・・・もう、そうやって誤魔化そうとする。」

むうっとへそを曲げたような顔を無理に作って、でもやはり赤くなる事までは制御できない望美が余計に可愛い。

とはいえ、本格的に機嫌を損ねるのは本意ではないからなんとか笑いを引っ込めて弁慶は言った。

「望美さんは雨は嫌いですか?」

「え?」

「嫌いですか?」

重ねて聞かれて、今一歩話の流れをつかめないながらも望美はしばし考え込む。

「うーん、元の世界に居た時は結構好きだった気もします。雨の音とか、雰囲気とか嫌いじゃないなって。
でも元の世界って雨の日でも屋内で出来ることって一杯あったし、体を動かすことだって屋内で出来る場所があったからそう思っただけかも。傘も発達してたから、雨の日でも行きたいところへ行けたし。」

「確かにこちらでは雨が降ると外出もままならなくなりますね。」

「うん。だから嫌いというより苦手、かな。」

そう結論づける望美の隣に文机を離れた弁慶が座る。

その近い距離に一瞬望美が怯んだのも気付かないふりをして弁慶は微笑んだ。

「僕は嫌いでした。」

「雨が?」

「はい。特に幼い時、比叡に預けられた頃は雨が降るのが恐ろしかったと言ってもいい。比叡の山は雨が降ると神域でありながら異形の者も現れそうな不思議な空気に包まれますから。
それが幼い頃は怖くて、長じてからは雨が疎ましくなりました。
雨は戦況に思わぬ影響を与えかねません。軍師としてはこれほど疎ましい不確定要素はありませんからね。」

源氏軍の名高い軍師として腕を振るった弁慶らしい言葉に望美は神妙に頷いた。

しかしその様子を横目で見ていた弁慶は、ふいに悪戯っぽい表情を閃かせると望美と視線を正面から合わせ口を開いた。

「でも、最近は雨が好きになりました。」

「え?どうしてですか?」

謎を転がせば素直に返ってくる問いかけの返事。

それに返したのは柔らかい笑顔だけで、弁慶はさらりと望美の耳の横の髪に手を滑らせる。

指の間を通り抜ける感触は細くて猫っ毛な自分のそれとは違い、艶やかなもの。

―― ざああぁ・・・

表で降り続く水音が二人の間に滑り込む。

それすらもどかしいというかのように、弁慶は望美を引き寄せる。

「っ!」

正面から転がり込んでくる細い体を難なく受け止めて、まるで計ったかのように口元に近づいた望美の額に髪の上から口づける。

―― ざああぁ・・・

耳にはいるのは雨音と、小さく望美が息を呑む音だけ。

頭の天辺に、こめかみに、瞼に、頬に・・・・口づけているうち聞こえてくるのはくすぐったそうな笑い声。

―― ざああぁ・・・

「望美さん」

戸板ごしの雨粒の音にさえ紛れてしまいそうなほど微かな声で名を呼んでも、腕の中の距離なら望美は顔を上げるから。

ゆっくりと瞼を閉じて唇を塞げば、微かな吐息が漏れる。

―― ざあああぁ・・・・・・・・・

夢中になって合わせていた唇をそっと離せば、赤い顔をした望美が照れくさそうに微笑むから。

「・・・・だから好きなんです。」

「?」

いささか唐突に感じる言葉に望美が首をかしげると、弁慶は望美を腕の中に閉じこめたままゆっくり笑って言った。















「雨の日はこうして、貴女のためだけの僕でいられますし、貴女は僕のためだけの貴女でいてくれるから。」














その言葉に望美はちょっとだけ面食らったような顔をして、けれどすぐに嬉しそうに目を細めて頷いた。

「そうですね。」

顔を見合わせて、二人で笑い合って。

―― ざああぁ・・・

「私も好きになれそうです、雨の日。」

そう言う望美に、弁慶はもう一度、口づけを落とした ――















                                           〜 終 〜















― あとがき ―
梅雨に負けないラブラブっぷりを書いてみたくてチャレンジしました。
東条の奴、脳みそにカビが生えてるな・・・と思われていなければ幸いです(^^;)
でも京の雨の日って本気で暇そう。